従来から、知財部門では、特定技術に関する特許調査結果を企業別・技術要素別に可視化した「特許マップ」による特許情報分析が行われてきました。最近注目されている「IPランドスケープ」も特許マップの応用例です。しかし、このような特許マップは、過去の一定期間に出願された特許情報の整理に過ぎません。
ここでは、特許情報活用を技術マーケティングの視点でもう一歩進め、将来のビジネスの新価値創出に貢献するために、特許情報をプロアクティブに活用する、“情報知財” の考え方を紹介します。
ビッグデータというけれど・・・
技術革新の進化によって、私たちの生活は便利で豊かになりました。しかし、苦労して創造した新しいアイディアが他人に模倣されてしまうと、新しい創造への意欲が失われてしまいます。特許制度は、知的創造活動の創作者に一定期間の権利保護を与えることで、私的独占と公共の利益をバランスさせ、技術革新と経済発展を活性化させようとするものです。
特許は出願してから1年半を経過した後、一般に公開されます。各国特許庁の特許情報データベースを通じて、誰もが自由にアクセスすることができます。日本では年間約30万件、グローバルでは約300万件超が出願されています。このように、特許制度から生まれる特許情報は、膨大なビッグデータです。もともと、特許データベースは特許庁審査官のためのものであり、審査官が審査のために先行特許文献を検索しやすいようにインデックス化されています。
特許データベースを利用する側(出願人側)にとっても、特許検索のスキルは必要ですが、自分の目的とする技術に関する特許情報を、自在に検索できるようになっています。特許情報はインターネット上のウェブデータと異なる点がいくつかあります。
企業(個人、研究機関含む)がお金をかけて出願した情報であること
全産業、全技術をカバーしていること
産業上の利用価値がある技術的思想が記載されていること
情報の項目・形式が整っていること
誰もが自由に閲覧できる情報であること
技術マーケティング観点での特許情報活用
マーケティングについては様々な定義があり、ここでは専門的な内容まで踏み込みません。代表的なマーケティングの定義を以下に記載してみます。
【日本マーケティング協会】
マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。
【アメリカマーケティング協会】
マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである。
【フィリップ・コトラー】
マーケティングとは、製品と価値を生み出して他者と交換することによって、個人や団体が必要なものや欲しいものを手に入れるために利用する社会上・経営上のプロセスである。
これらの定義に共通するキーワードは、「市場(顧客)の創造」「価値の交換」「総合的な活動(プロセス)」などです。そして、特に重要なのは「主体は顧客である」という視点ではないかと思います。
“作る技術”と“使う技術”
技術マーケティングの視点で特許情報活用を考えてみましょう。上述のように、マーケティングで重要なのは「主体は顧客である」という視点です。しかし、特許においては、“特許権を得ようとする”主体は自分(自社)です。自社は、自社製品を保護するために特許出願を行います。特許権の保護の対象になるのは、製品そのもの(モノの発明)、製品の作り方(ものを作る方法の発明)です。このように、製品を「作る技術」からは、自社だけでなく、同じ製品に関心を持つ競合企業の動きもわかります。しかし、それだけでは、顧客が何を求めているかはわかりません。
ここでは、製品を「作る技術」ではなく、製品を「使う技術」に着目します。顧客は、顧客の要求特性を満たす技術・部材等を調達して、顧客独自の付加価値付けした製品・サービス提供する事業活動を行っています。顧客側から見て、顧客が技術・部材等をどのように使っているかが「使う技術」です。
例えば、ゴム材料を開発・販売する企業A社があるとします。A社は新たに医療分野に参入したいと考えています。A社はゴム材料を「作る技術」はよく知っていますが、医療分野のことは全く分かりません。そこで、ゴム材料を、力を加えると変形し力を除くと元の形に戻るソフトマテリアルと位置付け、A社は医療分野とこのようなソフトマテリアルの関わりを特許情報から調べました。その結果、医療分野でソフトマテリアルがどのように使われるかを「使う技術」として、患者の体圧の圧力分散や衝撃緩和のための素材、医療機器における密閉シーリング材、身体接触の摩擦を低減する素材など、一連の医療向け素材開発テーマの候補を洗い出しました。
つまり、顧客はゴム材料そのものを欲しいのではなく、体圧を圧力分散させるための素材、肌触りの良い素材を求めているのです。場合によっては、ゴム材料でなくてもよいかもしれません。このように、使う相手(顧客)が声をかけたくなる(欲しくなる)技術を探索する。そのための特許情報活用が、技術マーケティングの観点における特許情報活用です。作る技術を見るのではなく、使う技術を見ることによって、「主体を顧客とする」考え方ができるようになります。
知財部門の役割が変わる
ネオテクノロジーは、特許情報を活用した研究開発のための特許調査や新規テーマ探索のお手伝いを行っていますが、ここ数年間で、知財部門の役割が変わりつつあるように感じています。それは、従来の守りの知財活動だけでなく、将来のビジネス創出に貢献するための、プロアクティブな特許情報活用を中心とした、攻めの知財活動への転換です。
従来は、知財部門の成果は、自社製品を守るための特許権取得に重点が置かれていました。特許情報に対する考え方も、最新の特許情報であっても一年半前の古い情報で役に立たないという考え方がありました。
転機の一つは、2010年頃からのGoogleの自動運転に関する一連の特許出願だと思います。Googleの自動運転特許は、産業界全体に大きなインパクトを与えました。しかも、Googleは、破格の低価格で自動運転技術を情報発信することに成功しました。なぜなら、Googleの自動運転の特許出願は100件もなく、1件当たりの出願費用が約50万円ですから、約5千万円で全世界に自社技術をアピールすることができたのです。
これからの知財活動は、自社技術を幅広く示し対外的にアピールするスキル、市場への適用を関連付けたストーリーの提案など、未来を起点としたバックキャスティングの考え方が重要になります。近年、ますます注目されているSDGs(持続可能な開発目標)についても、単に廃棄物を減らすだけではなく、そこから新たな価値を生み出す動きとして、あるべき姿、目指す姿を示し、そのために必要な独自技術を提案する力が求められます。
それでは、具体的な特許情報活用のプロセスはどうなっているのでしょうか。技術マーケティングの観点で、特許情報を活用した用途探索の具体的なプロセスについては、《後編》でお伝えしていきます。
ネオテクノロジーは特許情報を用いた新規用途探索の支援を行っています。お客様の持つ技術的資源、課題によって、最適な方法をご提案します。ご関心のあるお客様は、お気軽にお問い合わせください。
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