新型コロナウイルスの感染拡大から約一年が経ちました。この一年間で、経済格差や働き方、教育環境、福祉や医療限界など、これまでほとんど議論されていなかった多くの「社会課題」が顕在化し、SDGsやサステナビリティへの関心が高まっています。しかし、考え方を変えれば、「課題」があるからこそ、それを解決するための工夫が生まれます。ビジネスの世界においては、社会的課題を自社の強みで解決することで、企業の持続的成長につなげよう、このような意識に基づく、様々な取り組みが始まっています。とはいっても、どのようにして、私たちは社会課題を解決するアイディアやビジネスを生み出せるのでしょうか?今回は、社会課題を軸とした新サービス創出のための発想を促進する、ワークショップ支援システムの発明です(WO2021/085085、日立製作所)。
SDGsはビジネスになるのか
近年、世の中の価値観の変化、従来型の大量生産モデルの限界、地球環境の破壊などから、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)への関心が高まっています。社会課題解決型のビジネスを行っていなければ、投資対象や取引相手、協創パートナー、優秀な人材の就職先として選ばれない時代が来ています。多くの企業は、SDGsをビジネスチャンスと考え、新ビジネス創出に取り組み始めています。
しかし、SDGのメッセージは明確で分かりやすいのですが、実際のビジネスにおいては、SDGsの概念が抽象的でビジネス分野としては広すぎ、何から手を付けたらいいのか分かりにくいところがあります。また、仮に社会課題を解決するために新事業を創出できたとしても、継続的な事業にならずに終わってしまうことが多い。これは既存事業やコア技術などの強みを活用したビジネスを構想ができていないためだと考えられます。既存事業やコア技術などの強みは、技術やフットプリント、所持しているデータなど様々な観点があり、複数の側面から検討することが重要になってきます。このように、社会課題解決の観点、企業の事業観点など、様々な観点から、新事業を創出するための支援システムが求められています。
アイディア創出のためのワークショップ
デザイン思考やUX(顧客体験)デザインが注目を集めたこともあり、アイディア創出のためのワークショップは様々なシーンで実施されるようになってきました。ワークショップでは、事前に目的とゴールを明確にし、準備を十分行うことによって、質の高いアイディアを生み出す可能性が高まります。しかし、ワークショップさえすればよいという考えや、準備が不十分だと、質の高いアイディアは生まれにくく、効果を実感できずに一過性で終わってしまいます。
この発明は、既存事業や事業アイディア、コア技術などを発想の起点として、その強みを複数の観点で議論を行い、強みに関連する社会の課題事例を参考にすることで、社会の課題を軸とした新サービスの発想を行うワークショップを支援するシステムの発明です(WO2021/085085、日立製作所)。
図1はワークショップ支援システムの全体構成を示します。
この支援システムでは、3つの項目(社会課題分類、社会課題の事例、既存事業やコア技術などの検索観点)に分けているところがポイントです。
参加者は、支援システムが算出した観点の重要度を考慮し、社会課題の事例などを参照しながら、議論を行うことができます。
社会課題分類データ
社会課題分類データ(図3)は、社会課題を大分類と中分類に分類したデータです。大分類は、食料、医療など比較的大きな括りでまとめた分野に関する分類で、中分類は大分類での課題となっている、具体的な社会課題のキーワードになっています。図4は、中分類詳細データの構成の一例です。中分類詳細データは、中分類に紐づけられた大分類、タイトル、社会課題が発生している背景、社会全体で発生している経済損失、地域、解決の方向性からなります。
社会課題事例データ
社会課題などの予め設定されたキーワードが含まれているWEBページをクローリングして、情報取得可能な場合に、WEBページのURL、タイトル、文章情報を取得し、社会課題事例データを蓄積します(図5)。その後、Doc2Vecなどの自然言語処理を用いて、社会課題事例に含まれる文章をベクトル化します。さらに、教師データを用いて、大分類、中分類、具体事例/解決事例を分類する機械学習モデルを生成し、収集した社会課題事例を分類します。
検索観点データ
検索観点データ(図6)は、ワークショップの参加者が、1つのテーマ(発想の起点となる既存事業や事業アイディア、コア技術などの内容)に対し複数回行う議論の観点の情報のことです。ここでは、「解決している課題」や「対象(顧客)」、「コア技術」を議論の観点とします。例えば、「解決している課題」観点では、事業や技術で過去に解決している課題について議論を行います。また、「対象(顧客)」観点では、社会課題の対象となっているサービスや顧客について議論を行います。「コア技術」観点では、社会課題に対してコア技術の使い方や機能や効果について議論を行います。このワークショップでは、観点毎に区切って議論を行います。1つのテーマについて複数の観点があれば、その観点毎に議論が繰り返されます。
ワークショップの流れ
図2Bはワークショップの流れを示します。
ファシリテータ(102)によりワークショップのテーマの分類に応じた発想の起点を選択します。選択する発想の起点は、検索観点データに予め設定された起点から取得します。
ファシリテータと参加者(103)は、検索観点データにあらかじめ設定された検討(検索)観点毎に議論を行います。ワークショップ支援システムは、ここでの発話データを取得します。発話データの取得においては、ファシリテータが「議論を始めます」などのトリガーワードに基づいて取得されます。また、ファシリテータが「今のは観点1です」などの所定の発話を入力し、議論の終了トリガーを指令します。
1つの観点に関する議論が終了すると、ワークショップ支援システムは、議論内容をインプット情報として、ワークショップの議論の内容の発話データを変換したテキストデータと、社会課題事例データの類似度を観点頃に類似度を算出し、類似度を正規化した点数を検索結果として出力します。この処理を検索観点の数だけ繰り返します。
全ての観点で処理が終了したところで、社会課題事例評価を行います。社会課題事例検索プログラムの検索結果を入力として、検索観点データに含まれる重要度に応じて、社会課題事例を総合的に評価した点数(総合評価点数)を算出します。
総合評価された社会課題事例データは、ファシリテータや参加者に表示されます(端末やプロジェクタなど)。ファシリテータや参加者は表示された社会課題に関連する社会課題事例のWEBページを見ることで、大分類、中分類、具体事例、アイディア発想に使えたかのフィードバックを入力することができます。
ワークショップ参加者は、社会課題を解決するための自分が考えたアイディアを入力することができます。
社会課題を議論する際には、図11のように、ワークショップで議論する検索観点が表示されているマスを中心に、社会課題分類データの大分類(環境、経済、食料など)で分割されたマスが並べられています。
大分類の外周には、中分類が配置されており、例えば、大分類「食料」を中心とする8つのマスには、「安全」「農業」「飢餓」「食品偽造」「肥満」「干ばつ」「異物混入」の中分類が表示されています。
図12は、ワークショップメンバーの端末に表示される画面です。社会課題分類の大分類、中分類を表示し、中分類に関連するWEBページの概要と、詳細が表示されます。そして、タイトルには、WEBページに関連する検索観点の番号が表示されます。また、検索で抽出されたキーワードや、創業評価点数の高い検索観点や、総合評価点数なども表示されます。
このような構成により、ワークショップでファシリテータや参加者が複数の関t年で議論した内容のテキストから、観点の重要度を鑑みて検索対象の情報(課題事例データ)を総合評価点数(指標値)の大きさに応じて、参加者に端末に提示する内容を変更することができ、参加者は複数の観点が含まれた社会課題事例データを効率的に参考することによって、アイディアの発想を促進することができます。
SDGsには、今までの大量生産・大量消費社会が抱える課題が現れています。一方で、ビジネスとは、社会の問題や課題を解決することで、その対価を得ることです。言い換えれば、SDGsは「社会の課題」が整理されたものであり、ビジネスチャンスの原石と捉えることができます。この発明を通じて、企業が組織的にSDGsを起点とした新事業創出に取組もうとしているニーズが表れていると実感しました。
ネオテクノロジーは、新事業創出のための特許情報を活用したワークショップ支援を実践しています。「アイディアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」(ジェームス・W・ヤング)とあるように、既存の要素の新しい組み合わせは、同じ領域や業種の中では生まれにくいものです。ネオテクノロジーは、あらゆる産業から生まれる特許情報を創造の刺激情報として活用します。特許情報に表れる多様な考え方の要点をカード化した「特許カード」を用いたグループワーク支援であるACTAS(Assistance of Creative Thinking and Aolution)を通じて、異業種の人々の交流の促進に貢献します。
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